「あれ・・・」
声に出して注意を引いてみる。ついでに振り向いて探す素振りを見せながら、セリフの効果を確かめる。
肝心の相手は振り向いてもいない。
す、と息を吸う。
「あれー?」
今度はより大きな声で。
そこでようやくガサガサと新聞を畳む音がした。
「どうしたの真宵ちゃん」
それでも声の主―つまりなるほど君だ―は立ち上がってくる気配すらない。
「今朝さ、あたしの方が早かったよね。事務所に来るの」
渋々とあたしの方からなるほどくんが座り込んだソファへ歩いていく。どうでもいいけど下から埃がのぞいている。掃除しなきゃなあ。
「そうだよ」
「なるほどくんより早く来てしまって鍵が開いてなかった」
「だから、そうだって」
なるほどくんはイライラと丸めた新聞で肩を叩いた。
「しょうがなくあたしは植木鉢の下から鍵を出しました、はい」
植木鉢を持ち上げるジェスチャーをすると、なるほどくんが眉をつり上げた。
「ちょっと・・・何の話?」
あたしはきゅっと目をつり上げ睨み付ける。
「話にはね、順序ってものがあるんだよ!・・・で、ドアを開けました、はい」
今度は見えないドアを開ける。
成歩堂君は、まるで電車で隣り合わせた人物が遠い宇宙の緑色の小人について語りだしたような眼であたしのことを見返した。失礼な。
「中に入って、コンビニの袋をテーブルに置きました、はい」
見えない袋を置いて見えない汗を袖で拭う。
なるほどくんは三歩くらい下がって一挙一動を眺めていた。
「そのままお湯を沸かしたでしょ、はい」
「・・・・・・珍しいね。いつも僕がお湯を沸かすまでなんにもしてくれないのに」
「・・・今日ぐらいはサービスしてもいいかな・・・って」
「え、なに?」
「べつに。なんでも」
「な、何だよ気になるじゃないか」
しつこいなあ、と思うがないがしろにするわけにもいかない。
「ゆで卵、作ろうと思って」
「嘘でしょ」
「まあね」
「・・・・・・」
なるほどくんはなんとも脱力した顔で悩みこんでしまった。
「・・・・・・それはいいけど換気扇壊れてなかった?」
会話を切り替えることにしたようだ。
「ちゃんと換気はしたよ。二酸化炭素中毒になる気はないからね」
「・・・おかしいだろ。一酸化炭素だろ、普通」
「おかしいのはそっちでしょ?二酸化炭素は一酸化炭素の倍だよ!どうして二酸化炭素が負けるって言うの?」
「・・・わかった、真宵ちゃん」
「やっとわかってくれた?」
「”二酸化炭素中毒で死亡”ていう記事を見つけてきたらぼくの負けでいいよ」
「・・・話を戻そうか」
「それでいいんならいいけど」
何かをあきらめた顔をしたなるほどくんに先を促された。
「急須洗って」
「うん」
「お茶入れて」
「うん」
「お菓子を食べました」
「僕が来たのがそのくらいかな」
あたしはぱっとコブシを開いてなるほど君に向き直った。
「そのあとなんだけど」
「な、なんだよ」
突然本題に入られてうろたえたようだ。
「鍵がみつかんなくなっちゃった」
お日様は仕事を終えて、おまけに近隣のビルからも人が帰っていってしまった時刻。つまり夜。眠ったように静かな街のなかで、成歩堂法律事務所のふたりだけが取り残されていた。
すでに事務所はひっくり返せるだけのものをすべてひっくり返し、出せるだけのものはすべて引き出しから出され、早い話が事務所荒らしにあったような様相だった。
積み上げられた本の間から不機嫌な声が響いてくる。
「どーすんだよ、帰れないじゃないか」
声の主は、月に一度も見ない棚の中身をすべて床の上へ積み上げたなるほどくんだ。
「とうとう見つからなかったね」
あたしといえば、お歳暮の箱の中で畳まれたままになっていたタオルをあねさんかむりにした姿で呟いた。
ふう、となるほどくんはため息をついて部屋を見回した。
「ゴミ箱は」
「もー、最初に見たじゃない。そこのヤツと、給湯室、机の下、ソファ横、どこにも入ってないよ」
「なんかまだなかったっけ、どこかに・・・」
「えー?ないよ、多分」
「せめてちょっとは考えてから言ってくれよ・・・」
眉間にしわを寄せて、また考え込む。
「えーと・・・じゃあ、クッションの下は?ソファの」
あたしはふるふると首を振る。
「ぬかりはないよ。残念ながら」
「ソファの下は?」
・・・ソファの下?
「えっ?あっ、み、見た見た!ないない、全然」
「な、なんだよそのリアクション。ちゃんと見たの?」
なるほどくんがソファの方へ歩き出すので、あたしは慌てて先回りしてそばにあった定規で下をつついた。埃が舞い上がるだけで何も出てこない。
「ほら、無い」
「ふうん・・・」
なるほどくんは、面食らった様子で立ち止まってから、所在なさ気に後ろにあったごみ箱をあさりだした。
「妙に似合うね、なるほどくん」
「失礼だな」
とは言え目的のものが見つかる様子もなく、しばらく無言のままプラスチック製のゴミ箱と格闘していた。その姿を横目に、あたしは積み上げてあった埃まみれのファイルを仕舞うために両手で抱え上げた。
「・・・・・・真宵ちゃん」
「なに?」
「印鑑、中に落ちてたんだけど」
振り向くと、なるほどくんがこっちを見ていた。その眼には不信が満ちている。
「本当に探したの、ここ」
「・・・だって、印鑑探してるわけじゃないじゃない」
愕然とした顔でこちらを眺めてくるなるほどくんの視線を振り切って、あたしは「さて」とひとりごちた。
「見つからないねえ」
「・・・本当に見つける気があったのか疑わしいところだけどね・・・」
「なるほど君、そうやって人を信じてあげられないのはよくないことだと思うな」
あと、そうやって暗い目つきで人を見るのもね。
あたしはポーズをつけて考え込む。
「こうなったらあたしが泊まり込むか、なるほど君が泊まり込むかしかないよね。管理人さんももう帰っちゃてるでしょ」
そのままなるほどくんと目が合う。が、それもそう長い間ではなかった。
ふう、と深いため息をついたのは、またもやなるほど君だった。
「真宵ちゃん泊まらせるわけにもいかないからね」
「悪いね、ありがと」
なるほどくんは、かがんで「仕方ないな」と言うとソファの上に置いてあったファイルの山を抱え上げた。
彼はしばらく周りを片付けていたが、そのまま奥に引っ込んで仮眠・泊まり込み用の毛布を探しに行った。実のところ仕事があれば泊まり込むことだってないではないのだし、支度は手慣れている。どさどさと荷物をよける音からするに、またずいぶん奥へしまい込んで苦労しているようだ。
あたしはそれを確認し、足音を消しながら窓へ近よった。まだ閉じられていないブラインドカーテンの隙間から街を見下ろす。青白い街灯に照らされて目的の人物が姿を現したのを見て、ジャっとブラインドを閉めた。
これで支度は整った。
「おやすみなさーい」
寝床代わりのソファの周りを片付けているなるほどくんに手を振る。事務所はまるで片づいてなかったが、真面目に取りかかっていては朝になってしまう。この世は妥協で回っている。
「おやすみ・・・気をつけてね」
なるほどくんも投げやりにだが手を振った。
あたしはドアを閉めると、いっきに表まで駆けた。
人気のない道路は建物の中より少し肌寒い。当然ひどく静かで、あたしの下駄の音だけががんがん響く。
すると、薄暗い通りの真ん中にぽつんと黒い影が浮かんだ。走りながらその人影に合図すると、近づいてきた相手の顔が街路灯に照らし出された。あたしの首尾を聞きたがっているようだ。
そのまま簡単な挨拶をすませると、相手が「どうだった」と急かすように言った。それを聞いてあたしはたもとをごそごそまさぐった。わざともたついて、相手の気を持たせる。それからすっと右手を抜き、握り拳の内側を相手に向けて演出っぽく手を開いた。
手のなかには鍵が一本のっていた。
それを目に入れると人影はにんまりと微笑み、「さすがだ」とつぶやいた。それを見て、あたしはもう一度鍵を元通り仕舞いなおす。
あたしは小さくふう、とため息をついて目の前の男を見た。
「・・・・・・に、してもやることが陰険ですよ、御剣検事」
「ム・・・」
御剣検事は軽くたじろいだが、身を起こして少し眼を細める。
「しかし・・・・・・私がされたことを思うとだな・・・」
「ま、アレもひどかったですけどね」
”アレ”というのはこういうわけだ。
ある日、なるほどくんが御剣検事の急ぎの書類の入った封筒を事務所に預かった。しかし、なるほどくんはそんなことすっかり忘れて御剣検事が取りに来る前に施錠・帰宅してしまった――という身の毛もよだつ恐ろしい事件のことである。
この事件のおかげで、御剣検事は夜を徹して検事局で書類をもう一部作らされる羽目に陥ったのだった――そうである。おまけにこの事件は偉く間が悪く、そのあと一週間ほど二人は会えずじまい、なるほどくんは御剣検事に何の謝罪もしないまま今日に至っているのだった。
「でも、ほんと陰険ですよ。しかえしなんて」
そして要するに、御剣検事はこの件を報復によって決着をつけようというのである。それを聞かされた、ニュースが日々伝えてくるイスラエルの報復合戦が頭をよぎった。
そして、そのときあたしは思った。こりゃ泥沼になる、と。
そんなわけであたしは、勝手にこの件に便乗することを決意し、こうして鍵を盗み出してきた次第だった。
「・・・・・・では、戻って成歩堂にその鍵を返してくるか?」
御剣検事は、何の根拠があるのか強気な態度である。それを見てあたしは腕を組む。
「うーん、でも、そっちの方が面白いかも知れないですよね」
にわかに御剣検事の顔が曇る。
「まあ、でもほら、今返してあげたって、なるほどくんはご飯もおごってくれないでしょうからね」
それを聞いて、御剣検事は軽く肩を落とした。
「・・・何が食べたいのかね」
「えー、おごってくれるんですか?悪いですよ。・・・じゃ、ステーキ」
すると御剣検事は軽く笑って前を歩きだした。さすが、こういうところが誰かさんとの器の違いであろう。
「明日の朝は、何時ぐらいに行ったらいいのだろうな」
「ええと、まあ7時には起きてると思いますよ」
「それぐらいだったら私の出勤にも間に合う。・・・7時だな」
このいたずら・・・もとい報復のキモは、起き抜けのなるほどくんに対するドッキリである。すべては弁護士書類紛失事件を引き起こした人物への意趣返しというか、ハンムラピ法典だったことが彼に明かされるのである。
「では、7時に」
「ああ、7時だ」
お互い、眼で頷き合う。
それから、あたしの心はこれから出会うであろうステーキの元へと飛んでいった・・・はずだった。
バタンッ・・・・・・ガンガンガンガン
近所の迷惑も顧みず(といっても隣近所はオフィスビルばかりでこの時間すっかり無人なのだが)何かが階段をものすごい勢いで駆け下りてくる。
呆気にとられる間もなく目の前に現れたのはなるほどくんだった。それを見て御剣検事が二三歩後ろへ下がる。
「真宵ちゃん、まだ居たの!?」
「い、いちゃ悪いって言うの!?」
「じゃあ、僕は帰るから!あとよろしく」
そうして走って逃げようとするなるほどくんのエリを慌てて掴む。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、何なの!」
しかし、なるほどくんは私の後ろを見てぴたりと止まった。
「御剣だ」
「そうだよ、御剣検事・・・ってわぁぁ!?」
いきなりなるほどくんが歩き出したのであたしは前につんのめってしまった。
「何してんの・・・・・・こんなところで、こんな時間、真宵ちゃんなんかと」
当然、あたしたち二人に戦慄が走った。背筋が冷たい。
「そ、そこで会ったんだよ。いま。た、たまたま。たまたま」
「・・・・・・そういうことだ」
なんでもない、というポーズをしようとなるほどくんのエリから手を離した。その瞬間。
粉塵を巻き上げなるほどくんが駆け出した。
「コラぁっ」
遠くで「おやすみー」と手を振っている。どうしてくれようか。
と、私の後ろで事の成り行きを見ていた御剣検事が、突然駆け出してなるほどくんを追いかけた。それも、惚れ惚れするようなフォームで。
御剣検事は、目標がひるんでいる隙に颯爽と近づき、そのすそを掴んでつかまえた。あたしはその鮮やかさにしばし呆気にとられていた。人間誰が何をするかわからないものである。これもまた報復精神であろうか。
それでもなるほどくんはしばらくじたばたしていたが、御剣検事に後ろから羽交い締めにされる段になってようやく大人しくなった。
「もー」
ずいぶん遅れて、うしろから駆けて行くあたしを二人が振り向いた。
「いい歳してこんな時間になにしてるの。見てるこっちの方が恥ずかしいよ・・・」
そこでいきなりキッと睨まれた。
「だれが泊まるか、あんなとこに!」
ものすごい剣幕だ。
「あ、あんなとこって・・・・」
「君の事務所だろうが」
言いながら御剣検事はなるほどくんから手を離した。するとなるほどくんは足下をふらつかせて、そのまま地面に座り込んでしまった。あたしは御剣検事と顔を見合わせる。
「・・・何があったんだ?」
「うぅ・・・」
「何うなってるの」
すると、今度は今にも泣きそうな目でこちらを見上げてきた。
「なにか居るんだよ、あそこ!絶対」
「何か・・・って?」
「泥棒とか・・・」
再び御剣検事と顔を見合わせる。そのまま二人分の返事が重なった。
「まさか」
なにせ、入り口は今まであたし達のいた場所を通らなければ入れないのだ。そんな人物はおろか気配もない。窓もこの道路に面している。猫やネズミであるまいし、人が入れるわけがない・・・。
「それに、そういうときのためになるほどくんが泊まってるんじゃない」
「外に出てから通報しようと思ったんだよ・・・」
まあたしかに、下手に相まみえて返り討ちなんてのは面白くない。今のなるほどくんの慌てっぷりではどこまで本気なのかよく分からないけど。
「間違いないって、真宵ちゃん出ていったあとだってのに、湯飲みが下に落ちて割れる音がしたんだって!」
「そんな馬鹿な」
「人が入ったとは思えないんだけど」
「じゃあ何だって言うんだよ!まさか」
ぴたっ、と全員が動きを止めた。今ここで一つ共通の仮説が浮かび上がったからだ。しかし、今ここに揃ったメンバーとしてはひどく言い出しにくい。霊媒師、霊媒師に裏切られた男、死者の力を借りて法廷に立つ弁護士。何でこんな面子で”アレ”と出会わなければならないのだ。
「まさか・・・ね・・・。ははは・・・」と、なるほどくんがつぶやいたが、あたしはちょっと考えた。
「うーん、じゃ、帰ろうか」
「え」
驚いた風な、ふたり分の目線があたしのところに集まった。
「だって泥棒じゃないんだしさ」
「そ、そういうわけにもいかないんじゃないか、一応、僕の事務所だし」
「あのさ、もし泥棒が来ても慌てて逃げてくよ。幽霊に会ったらさ」
沈黙。
二人は静まり返って、こちらを凝視している。
「れ、霊媒師としてその発言はどうなんだろう」
「ギリギリかなぁ」
「て、いうかそう思うんなら霊媒師として何とかしてくれよ、この際」
「そういうのはうちの霊媒師の仕事じゃないんだって。とりあえず、盛り塩しとけばいいのかな?こういうときって」
どう思う?と顔を向けるとえらく脱力したなるほどくんの顔が見えた。御剣検事の方はしばらくあたしを時限爆弾でも見つけたような顔で見ていたが、少し考えてからビルの方を向いた。
「もどって見てみるしかないだろう」
そう言って御剣検事はビルの入り口へ姿を消した。
あたしの方はなるほどくんと顔を見合わせていたが、それを振り切って御剣検事の後を追いかけた。数瞬置いて後ろから静かなため息が聞こえ、それに足音が続く音が耳に届いた。
小走りになると、ちょうどドアを開けているところに追いついた。背の高い目の前の男は、用心して体がドアの影になるよう慎重に中をのぞき込んでいる。あたしはそれにならって、壁沿いに御剣検事に近づきぴったり隣に収まった。
なるほどくんはそんなあたし達を見て、邪魔にならないよう物陰まで下がった。いまいち積極性が感じられない。
そんな心中はお構いなしに廊下には緊張がみなぎっていた。御剣検事はなかの動向を細大漏らさず見守ろうと、なかをずっと睨み続けている。
水を打ったような静けさは廊下だけではなく、このビル、このブロックまで染みわたるようで、耳は遠くからのエンジン音だけを拾っていた。
さっきまでの騒ぎが静まってしまったおかげで、暗闇への恐怖がじょじょに盛り返して来る。
あたしのいる場所からは殆どなかがうかがえないので、かわりに想像してみたがすぐ怖くなってやめた。
真っ暗な廊下は昼間とは様相を変え、つまらない壁のシミすら迫ってくるように見えた。
「今、中で何かが動かなかったか」
「きゃぁっ」
「な、な、」
御剣検事のうろたえ方は、こんな暗がりでもはっきりと見てとれた。
「い、いえ、別に。ちょっと、心臓が口から飛び出そうになったっていうだけで」
「ムウ・・・」
顔までは見えなかったが、御剣検事はまた部屋のなかの方に向いたようだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「光った」
「わぁぁっ」
慌てて口の前に指を立てた御剣検事に睨まれる。
「でも・・・あたしには見えなかったんですけど・・・」
御剣検事は、意見を聞こうとなるほどくんの方を向いたが、肝心の相手は、なんとじっと壁を見つめていた。
彼にとっては、この顛末のオチが、たとえ自分の存在の本質を揺るがすような何かであってもそうでなくても、あたしたち二人に任せたらあとは蛇が出ようが鬼が出ようがどうでもいいらしかった。当事者としての自覚は微塵も感じられない。ちょっとずるいと思う。
御剣検事はしかたなくあたしに頷きかけ、そのまま音もなく扉の中に滑り込みドア横の点灯スイッチをオンにした。中から光がこぼれてくる。
あたしも遅れまいと、そろそろと中をのぞき込む。一見、部屋を出たときと何も変わらない。あちこち探し回ったおかげで、物があらぬところに置いたままになっている。その上、寝るためにソファの上を片付けたせいか、その周りが一番ひどいことになっている。違いと言えば、せいぜいソファの上に毛布がかかっているくらいだ。あたしが出たあとなるほどくんが掛けたのだろう。花模様の、ポピュラーな安物の毛布。それが。それがなんで。
喉から小さな悲鳴が漏れた。
「・・・なんで毛布が動いてるのっ!?」
毛布の中央が小さく盛り上がっているが、その盛り上がりがするすると動いているのだ。全身の肌が粟立つ。とたんに毛布がめくれて跳ね上がった。
「ひゃああああああっ!!」
「真宵ちゃん!?」
慌てて二人も駆けつけてくる。しかし、間に合いはしなかった。
そこで二人が見たもの。
それは、泥棒でもなく、悪霊でもなく、猫に飛びかかられて放心しているあたしであった。
「にー」
猫は肩の上で鳴いた。
なるほどくんがカツカツと歩いてきて、猫の首根っこを捕んだ。しげしげと猫を眺める。見ればなるほどくんの顔ほどの大きさもない。ほんの仔猫だ。黄色いトラ縞の、野良とおぼしい汚れた顔をしている。
「それか?」
御剣検事も横から覗き込んで言う。
「その・・・・・・幽霊・・・の正体は」
笑いをこらえられない、と言った表情だ。その顔を見たなるほどくんは、ひどく嫌そうな表情になって仔猫に眼を戻した。
「・・・・・・何でこんなところに猫なんか居るんだよ」
そんなこと言われても、と返そうと思ったが何かが引っかかった。
「あ・・・!」
その場の視線があたしに集まる。それには構わず給湯スペースまで駆けていく。ひょっとして。
暗がりを覗き込むと、それでも雑多な道具に埋め尽くされた空間が浮かび上がる。ガスコンロ、その上にヤカン、足下にゴミ箱、流し台、流し台には湯沸かし器。そして壊れた換気扇。そう、換気扇が壊れていたのだ。だから。
「やっぱり・・・」
あたしは今朝のことを思い出す。
狭苦しい空間で湯を沸かしている。換気扇のひもを引っ張る。ウンともスンとも。しようがないので窓を・・・。
「まど、開けたまんまだったぁ・・・」
風がひゅうと吹き抜けた。
end
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